世界の発酵乳

世界の発酵乳

世界の発酵乳

世界各地で生産される発酵乳の名称は400種類にも及ぶといわれています。
これらの発酵乳は使用する原料乳や微生物の種類、製品の性状の違いによって次のように分類することができます。

 

1.原料乳の種類
牛、山羊、羊、水牛、ラクダ、ヤクの乳を使用した発酵乳が作られています。
2.微生物の種類
2-a.自然発酵型
特定のスターターを使わずに自然発酵させる伝統的発酵乳があります。
2-b.スターター添加型
1)乳酸菌単独使用
 中温性乳酸菌を使ったものに発酵バターミルク、スウェーデンのラングフィル(Langfil)、ノルウェーのテッテメルク(Taettemelk)などがあります。
 高温性乳酸菌を使ったものには一般的なヨーグルト、ブルガリアンミルク(Bulgarian milk)、エジプトのツァバディ(Zabady)などがあります。
2)酵母と乳酸菌の併用
 コーカサス地方のケフィール(Kefir)、中央アジアのクーミス(Koumiss)、モンゴルのアイラグ(Airag)といったアルコール発酵乳が代表的なものです。
3)カビと乳酸菌の併用
 代表的なものにフィンランドのビーリ(Villi)があり、白から黄色の薄いカビの表層を持っています。
3.製品の性状
3-a.乳成分
脂肪含量により全脂、部分脱脂、脱脂のタイプがあります。無脂乳固形分も製品により差が見られます。
3-b.物理的性状
容器にミックスを充填したのちに発酵する後発酵タイプと、ミックスをタンクで発酵したのちに容器に充填する前発酵タイプに大別されます。
製品の性状が固形、半固形、液体あるいは凍結状態によってプレーンヨーグルト、ハードヨーグルト、ソフトヨーグルト、ドリンクヨーグルト、フローズンヨーグルトなどと呼ばれています。
また、果汁、果肉、野菜などを加えて嗜好性や機能性を高めた製品もあります。
3-c.発酵後の加工処理
 発酵乳からホエーを除いた濃縮発酵乳としてドイツのクワルク(Quark)、デンマークのイメール(Ymer)、ケニアのムルシック(Mursik)などがあります。
 この濃縮発酵乳をさらに天日乾燥させたものにはモンゴルのホロート(Hurood)とビシラグ(Biaslag)、エジプトのキシュク(Kishk)などがあります。

 

現在のヨーグルトはLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusStreptococcus thermophilusの混合スターターを用いて工業的に生産されているものが主流ですが、表1に世界各地に残る伝統的な発酵乳を紹介します1,2)

 

表1 世界各地の主な発酵乳

 

        製品名                 主な産地

 

アシドフィラスミルク(Acidophilus milk)   ロシア、アメリカ
アイラグ(Airag)            モンゴル、中国内蒙古自治区
アイラン(Ayran)            トルコ
ブルガリアンミルク(Bulgarian milk)    ブルガリア
チャル(Chal)   トルクメニスタン
ダディヒ(Dadih)            インドネシア
ダヒ(Dahi)              インド亜大陸
エルゴ(Ergo)             エチオピア
エードスン・スー(Eedsun su)       モンゴル、中国内蒙古自治区
グルゾビーナ(Gruzovina)        ユーゴスラビア
イオグルーチ(Iogurte)          ブラジル、ポルトガル
カチーク(Katyk)             コーカサス地方
ケフィール(Kefir)            ロシア、中央アジア
クーミス(Koumiss)           中央アジア
レーベン(Leben)、ラバン(Laban)、   レバノン、シリア、ヨルダン、イラク、
ラバンライブ(Laban rayeb)        イエメン
マースト(Mast)            アフガニスタン、イラン
マッツォーニ(Matsoni)、マツーン(Matsun) グルジア、アルメニア
マジワララ(Maziwa lala)         ケニア、タンザニア
ピトカピーマ(Pitkapiima)         フィンランド
プロストクバーシャ(Prostokvasha)     旧ソ連邦
リジェンカ(Ryzhenka)          ウクライナ
スキール(Skyr)             アイスランド
タラグ(Tarag)、キテック(Kitek)     モンゴル、中国
ターホー(Tarho)            ハンガリー
テッテメルク(Taettemelk)         ノルウェー
ビーリ(Villi)              フィンランド
ヤウルティ(Yiaourti)          ギリシア
イメール(Ymer)            デンマーク
ツァバディ(Zabady)           エジプト、スーダン

 

 

これらの発酵乳の中から特色のあるものをいくつか取り上げて、以下に概説します。

 

1.ケフィール(Kefir)
 ケフィールは牛乳、山羊乳、羊乳などを原料に複数の乳酸菌と酵母で複合発酵させる発酵乳で、その原産地は長寿で知られる北コーカサス地方です。伝統的にはケフィール粒と呼ばれる種菌をスターターにして、山羊の胃袋を容器に用い、撹拌発酵することで製造され、爽快でまろやかな酸味と発泡性のあるアルコール性飲料ができあがります。このケフィールには乳酸(0.9~1.1%)、エタノール(0.3~1%)および二酸化炭素(1%)が含まれています3)
 ケフィール粒は黄色い小麦粒大のもので、ケフィランという粘性多糖類を含み、乳酸菌、酵母、酢酸菌などの微生物で構成されています。その微生物フローラはLevilactobacillus brevisLactobacillus kefiranofacienceなどの旧名のLactobacillus属、Streptococcus thermophilusLactococcus属、Leuconostoc属の乳酸球菌、Acetobacter acetiAcetobacter rasensなどの酢酸菌、さらにSaccharomyces属、Kluyveromyces属、Candida属などの酵母に加えGeotrichunm candidumなどのカビも検出されています4)

 

2.マジワララ(Maziwa lala)
 ケニア、タンザニア、ウガンダにまたがる東アフリカ地域では、マサイ族などの牧畜生活を営む部族の間でマジワララと呼ばれる発酵乳が作られています。その伝統的な製法は、ヒョウタンの内部を火のついた棒で擦ることで殺菌したのち、この中に乳を入れて自然発酵させます。製品には燻った匂いがすると同時に、容器に残った炭の粉が過度の酸生成を抑える役割をしています。
 マジワララはLactiplantibacillus plantarumLactococcus lactisLeuconostoc mesenteroidesなどの中温性乳酸菌が主な乳酸菌フローラを構成しています。また、それらと共生関係にあるWeissella属の乳酸菌も検出されます5,6)

 

3.アイラグ(Airag)
モンゴルおよび中国内蒙古自治区で作られるアルコール発酵乳(乳酒)で、pHが4.0~4.5の酸っぱい液状の発酵乳です。馬、牛、ラクダなどの乳または脱脂乳を陶製もしくは木製の容器に入れ、フルンゲと呼ばれるスターター用微生物を加えて撹拌発酵を行うとアイラグになります。木製の蓋の中央に小さな口を開けて、そこから先端が十字架の形をした木製の棒を入れ、上下の方向に撹拌して作ります。
 モンゴルでは、アイラグのうち馬乳で作ったものをチゲー(Chigee)もしくはグン・アイラグ(Gun airag)、ラクダ乳で作ったものをホゴルマグ(Hogorumag)もしくはインギン・アイラグ(Engin airag)と呼んでいます。
 アイラグおよびアイラグの種菌となるフルンゲに含まれる乳酸菌としてLactococcus lactis
Leuconostoc mesenteroidesEnterococcus属などの乳酸球菌とLactiplantibacillus plantarumLacticaseibacillus caseiLacticaseibacillus paracasei、などの乳酸桿菌が報告されています。また、馬乳酒、ラクダ乳酒およびそれらの種菌フルンゲからは、上述の乳酸菌に加えてCandida kefyrSaccharomyces cerevisiaeKluyveromyces marxianus var. lactisなどの酵母が検出されています7,8,9)

 

4.北欧の粘性発酵乳 ピトカピーマ(Pitkapiima)、ビーリ(Viili)、テッテメルク(Taettemelk)、ラングフィル(Langfil)
 フィンランド、ノルウェー、スウェーデンのスカンジナビア諸国で古くから伝統的に作られ、現在では近代化された工場で生産されている特異な発酵乳として、非常に強い粘性を持つものがあります。食べるときにスプーンでかき混ぜると20~30cmも糸を引く状態になります10)
 この種の発酵乳をフィンランドではピトカピーマ(Pitkapiima)とビーリ(Viili)、ノルウェーではテッテメルク(Taettemelk)、そしてスウェーデンではラングフィル(Langfil)と呼んでいます。
ピトカピーマ、テッテメルクおよびラングフィルにはLactococcus lactis subsp. lactisLactococcus lactis subsp. cremorisの莢膜性スライム生産株とLeuconostoc mesenteroides subsp. cremorisの混合スターターが使われます。
また、ビーリには上述の3種の乳酸菌に加えてカビのGeotrichum candidumがスターターとして用いられます。原料乳を均質化せずに静置発酵させるため、浮上したクリーム層の上にカビがビロード状に生育しています。

 

5.ダヒ(Dahi)
 インド、ネパール、パキスタン、バングラデシュなどインド周辺地域の代表的な発酵乳です。ダヒの伝統的な製法は、加熱殺菌した乳を素焼きの容器に入れて、その中へ前日の残りのダヒを加えて発酵させます。
 この伝統的製法によるダヒからはStreptococcus bovisを主なフローラとしてLimosilactobacillus fermentumLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusLactobacillus delbrueckii subsp. lactisEnterococcus faeciumStreptococcus thermophilusLeuconostoc mesenteroidesLactococcus lactis subsp. lactisLactococcus raffinolactisPediococcus pentosaceusが検出されています11)
 今日ではスターター添加によるダヒの製造も行われており、スウィートダヒ(Sweet dahi)にはLactococcus lactis subsp. lactisLactococcus lactis subsp. cremorisLactococcus lactis subsp. lactisbiobar. diacetylactisLeuconostoc mesenteroides subsp. cremorisなどの乳酸球菌を使います。また、サワーダヒ(Sour dahi)にはLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusStreptococcus thermophilusを使用します。

 

参考文献
1) 宮本拓,世界の発酵乳とそれらの微生物フローラ,ミルクサイエンス,55, 253-262 (2007)
2) 中澤勇二・細野明義編,発酵乳の機能,pp. 309-320, 食品資材研究会, 東京 (1988)
3) Wszolek,M., Kupiec-Teahan,B., Skov Guldager,H. and Tamine,A.Y.,Production of kefir, koumiss and other related products. in Fermented milks,A.Y.Tamine ed.,pp. 174-216, Blackwell publishing, Iowa (2006)
4) Robinson,R.K., Tamine,A.Y. and Wszolek,M.,Microbiology of fermented milks. in Dairy microbiology handbook.,R.K.Robinson ed.,pp.367-430, John Wiley & Sons, New York (2002)
5) Miyamoto,T., Gichuru,S.G.G, Akimoto,T. and Nakae,T.,Identification and properties of lactic acid bacteria isolated from traditional fermented beverages in East Africa.,Jpn. J. Zootech. Sci., 57, 265-276 (1986)
6) Miyamoto,M., Nakajima,H., Muigai,C.W., Kiiyukia,C. and Miyamoto,T.,Identification of lactic acid bacteria isolated from Kenyan traditional fermented milk, Maziwa lala, and their symbiotic relationship,Milchwissenschaft, 60, 416-418 (2005)
7) 三橋重之・山田真由美・望月英輔・宮本拓・片岡啓・中江利孝,内蒙古の乳製品より分離した乳酸桿菌と乳酸球菌の性状の検討,酪農科学・食品の研究,38, A209-A216 (1989)
8) 那日松・田中嘉則・森信寛・北本豊,中国・内蒙古地域における伝統的発酵乳アイラグの微生物フローラ,日本畜産学会報,67, 78-83 (1996)
9) 布仁特古斯・宮本拓・中村昇二・野坂能寛・青石晃宏,中国内蒙古自治区の馬乳酒から分離した構成乳酸菌の同定,日本畜産学会報,73, 441-448 (2002)
10)高橋富士雄,スカンジナビア諸国における発酵乳の利用,New Food Industry,37(7), 33-40 (1995)
11) Rashid,M.H., Togo,K., Ueda,M. and Miyamoto,T., Identification and characterization of dominant lactic acid bacteria isolated from traditional fermented milk Dadi in Bangladesh, World J. Microbiol. Biotechnol., 23, 125-133 (2007)